日本頭痛学会

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18年間にわたる視覚性前兆の症状を詳細に解析した研究

Hansen JM, et al. Distinctive anatomical and physiological features of migraine with aura revealed by 18 years of recording. Brain doi:10.1093/brain/awt309

 

慶應義塾大学神経内科
企画広報委員
柴田 護

【背景】
片頭痛症例の約1/3では前兆が認められ、その多くは視覚性前兆である。前兆は片頭痛の病態に中枢神経系の異常が関与することを示す現象であり、皮質性拡延性抑制 (cortical spreading depression: CSD)によって引き起こされると考えられている。その根拠として、前兆時に観察される視覚欠損や閃輝暗点の拡大する速度が、CSDの周囲への伝播速度でうまく説明できると主張した1941年のLashleyの解析結果がしばしば引用される。さらに、functional MRI (fMRI)のBOLD (blood oxygenation level-dependent)画像によってもCSDと同様の速度で後頭葉の活性化部位が拡大していく現象が視覚性前兆時に実証されている。本論文は、1名の片頭痛患者が18年間にわたり経験した視覚性前兆の記録に定量的な解析を加えたデータを報告している。

 

【結果】

症例は71歳男性で、14歳時に視覚性前兆の後に片頭痛を呈するようになり、前兆のある片頭痛と診断されている。以降1年間に20~24回の頻度で発作を認めていたが、1992年に頭痛発作を認めた以降は、視覚性前兆に加えて側頭部の圧迫感・眼痛・悪心などを随伴することはあったがICHD-IIの診断基準を満たすような片頭痛発作は呈していなかった。視覚性前兆の記録は1995年5月から開始されており、視覚症状のマッピング記録に加えて、ストップウォッチを用いた時間経過記録も行われていた。症状の記載時には、紙を眼球から46 cmの位置に置き、視角としては中心点から最高50°までを記録範囲とした。視覚性前兆は年平均80回 (22~181回/年)、月平均では6.2 ± 0.37回記録された。前兆の発生部位は右視野と左視野でそれぞれ54%と44%であった (2%は不明)。800回の前兆発作において開始点の座標が記録されており、85%の発作では視野の中心点から10°以内の範囲に位置していた。本患者では、約70%の前兆は鼻側下部に起始し、その後耳側上部へと拡大していくパターンを示していた。拡大速度は、末梢→中心あるいは中心→末梢のいずれの方向に伝播しても同様であった。興味深いことに、視野の一部に、視覚性前兆がどの方向から伝播しても、前兆症状がその部分に及ぶと視覚異常の前線の形態と凸方向が必ず同じになる部位が認められた。また、中心から末梢へと拡大していた視覚異常の前線が、方向を変えて末梢から中心方向へ逆戻りする現象も観察されていた。なお、視覚性前兆の進行速度から、大脳皮質レベルでは2~3 mm/分で異常部位が拡大していると推定された。本患者が前兆時に自覚する典型的な視覚異常は、前線に相当する部位に10~15 Hzで明滅する曲線状の帯が出現しており、その中に明瞭な黒線の方眼が観察され、時間がたつとその部位が暗点に置き換わるパターンを示していた。しかし、一部の発作においては、曲線状の陽性症状と考えられる明滅が途中で消失あるいは暗点に置き換わり、その後再出現する現象が認められることもあった。20.4%の発作では、10分以内に視覚性前兆が消失してしまったが、その場合は視覚異常の拡大速度が有意に遅く (7.9 ± 0.83 mm/min vs. 13.5 ±0.52 mm/min, p = 0.028)、左視野発生が有意に (p < 0.01)多かった。

 

【結論】

本研究は1例における観察記録ではあるが、18年間にわたって非常に多くの視覚性前兆の記録を解析した重要な報告と考えられる。CSDの実験は主として齧歯類などの脳溝のない大脳皮質を対象に行われるが、その場合には同心円状に伝播していく。ヒトのCSDと思われる現象は、上述のようにfMRIで間接的な形で捉えられており、ほぼ同心円状に拡大すると解釈されていた。しかし、本研究で明らかされた視覚性前兆の鼻側下部から耳側上部への拡大は単純な同心円状伝播では解剖学的に説明がつかず、一次視覚野 (V1)の上面を伝播した後に、下面へと伝播方向を変えている可能性を支持している。また、視野の一部で、視覚性前兆の拡大方向に関わらず、決まって同じ形態と方向性を持った視覚異常が現れることは、視覚症状の発現パターンは脳部位特異的な機能によって大きく左右されることを示している。本研究は機能画像検査や電気生理学的検査がないため、客観性に乏しい点は否めないが、視覚性前兆発生のメカニズムを考えるうえで重要な知見を提供していると評価できる。